今からちょうど1年前。
僕はInstagramに、こんな文章を投稿していました。
⸻
以下、当時の文章
『琴平の山の反対側で親友がまちおこしをしていた話』(Instagram再掲)
町の人から
「北山恵太くんに最近会いましたか?」
と聞かれた。
北山恵太とは、僕が2歳から一緒に水泳をしていた親友のこと。
高校まで一緒だった。
「いや、会ってませんよ。どうしたんですか?」
「そうですか。では、まだその時じゃないということですね」
どうやら香川には帰ってきているようだが、
僕にはまだ会わず、
自分がやっていることがある程度形になるまでは
会いに行かないと言っていたそうだ。
でも、その話は恵太らしいな、と思っていた。
そんな時、またある友人が池商店を訪れた。
友人
「今日、サブミテラスの人と会うんですよ」
サブミテラスといえば、
最近よく友人のInstagramに出てくるアカウントのことだ。
サブミは「佐文(さぶみ)」のこと。
琴平の山の反対側の場所だ。
池
「へえ、あれ俺も気になってた。どんな人がやってるんだろう」
友人
「サッカー部じゃなかったのにサッカーがすごく好きで、
サッカー関係の仕事もやってるらしいですよ」
池
「俺の親友も似たような感じで、
サッカー部じゃないのにサッカー好きで“メッシ”って呼ばれとったわ」
友人
「年齢は32歳です」
池
「一緒やないかい」
友人
「実家も、あの辺らしいですよ」
このあたりで、いろんなパズルが一気につながった。
間違いない。
すぐに連絡を取ろうかと思ったが、やめた。
ここまで隠されているなら、
俺も驚かせてやろうと思った。
……が、まさかの琴平の街中で遭遇してしまった。
向こうは気づいて飛び出してきたが、
ヒゲがボーボーで、誰だかわからない。
ただ、間違いなく恵太だった。
恵太
「何度も前に行こうと思ったんや!
ただ、自分がやりたいことができるまでは……」
俺
「いや、全部言わんでいい。わかってるよ」
そして、
サブミテラスのクリスマスマーケットに行ってきた。
これから一緒に、
いろんなことができるんじゃないかなと
ワクワクしている。
同級生とまたここで再会できて、
こんな話ができるなんて最高だ。


「予感」は「現実」に。
正直、あの投稿を書いたときは、
「きっと面白いことができる」
そんなぼんやりした予感でした。
でもそれからの1年で、
その予感は、いくつもの「形」になっていきました。
⸻
琴平町とまんのう町 握手の、その先へ
香川県内で唯一、町長同士が観光連携協定を結んだ町。
それが、琴平町とまんのう町です。
行政としての握手は交わされた。
でも、具体的に何かを生み出すのは、結局「人」。
だったら、僕たちが動こう。
そう決めて、取り組みが始まりました。
⸻
ひまわり栽培コンテスト「5人の百姓」の挑戦
最初の一歩は、
まんのう町で長年続いてきた
ひまわり栽培コンテストでした。
一緒に取り組むメンバーは
• 北山恵太
• 池龍太郎
• 琴平バス株式会社 代表取締役・楠木泰ニ郎
• 株式会社サイド 代表取締役・多田周平
• サニーサイド・古河晴輝
チーム名は、「5人の百姓」笑
もちろん、ベテラン農家さんには敵いません。
それでも、種を植えるところから全部自分たちでやりました。
草を抜き、鳥にやられた畑には種を植え直し
町に来てくれたゲストの皆さんとも一緒に汗をかきました。
⸻


ひまわり飴が生まれた日
その流れの中で生まれたのが、
まんのう町の農林水産大臣賞受賞のひまわりオイルを使った ひまわり飴🌻です。
琴平とまんのうをつなぐ、小さな一粒。
お披露目会の相談も、恵太と一緒に。
「町と町の間に、ちゃんと“物語のある形”ができた」
そう感じた瞬間でした。
⸻


145年ぶりの琴平博覧会と、竹あかり
コロナ以降にコミュニティとして進み始めた琴平の町。
明治時代に開催された琴平博覧会が、145年ぶりに復活しました。
その中で、恵太と一緒に深く関わったのが
竹あかりプロジェクトです。
かつて「こんぴらタケノコ」と呼ばれ、
山の向こう側ではたけのこ生産が盛んでした。
今は、高齢化とともに荒れていく竹林。
「この竹に、もう一度価値をつけよう」
そんな思いから、たけのこ掘り、竹の切り出し、穴あけ、灯りづくりへ。
⸻



子どもたちへ、145年分の光を
「145年ぶりの、琴平山博覧会
今この町に生まれた子どもたちにも体験してほしい」
そんな思いで、町内すべての小学校を二人で巡り
子どもたちと一緒に小さな竹あかりを作りました。
子どもたちには「自分の夢」「好きなもの」を自由に書いてもらい
それで小さな竹のぼんぼり製作。
博覧会のフィナーレであるクリスマスまで、その光は灯り続けました。
⸻





山を越えて、同級生として生まれ生きるということ
五人百姓は、琴平の地で千年以上の時を重ねてきました。
北山家もまた、山の向こう側で雨乞い踊りを数百年受け継いできた一族です。
きっと、昔から何らかの縁があったのだと思います。
そんな2人が、同じ時代に、同級生として生まれ、
再び山を越えて一緒に町をつくっている。
これは、本当に奇跡みたいな話だなと、心から思います。




そして、2026年へ
1年前、「これからきっと面白いことができる」
そう書いた自分に、今なら胸を張って言えます。
本当に、面白いことができている。

2026年も、山を越えて、一緒にやりたいことがたくさんあります。
どうぞ、お楽しみに!