ありがたいことに、本日NHKさんが「語り部事業」について取材をしてくださいました。
店舗で行っている体験型の取り組み
「人に伝えたくなる琴平学」
なぜ僕がこの活動を始めたのか。
あらためて、ここに記しておきたいと思います。
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4歳の決意
よく聞かれる質問があります。
「いつから家業を継ごうと思っていたのですか?」
4歳のとき、母が体調を崩しました。
心配になった僕は父に理由を聞きました。
両親は「五人百姓」という一族を繋がなければならない中で、子どもを授かる確率はとても低いと言われていたそうです。その中で奇跡的に僕が生まれました。
「兄弟をつくってあげたい」
そう願い、治療を続けた結果、副作用で母が体調を崩してしまったのです。
そのとき母に言われました。
「ごめんね」
でも僕は心の中で思っていました。
謝る必要なんてない。
自分がこの家を守ればいい。
4歳の決意でした。
不思議なことに、両親から一度も「継げ」と言われたことはありません。
けれど、神事の手伝いをし、飴をつくり、琴平のために動く父の背中を見て育ちました。
海の向こうへも、飴を通して琴平を広げていく姿。
その姿が、誇りでした。

帰ると決めて生きていた少年
僕は最初から一度外に出たとしても将来は琴平に「帰る」と決めていました。
同級生には老舗旅館や老舗店の息子・娘がたくさんいました。でも、自分の家業を夢として語る人はほとんどいなかった。
僕は帰るつもりなのに、
みんなは帰らないのか。
少し寂しく感じていました。
せっかくなら一緒に大人になってもそれぞれの家業を動かしながら町で走りたい。
そう思っていました。
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一度外に出て気づいたこと
大学は関西学院大学へ進学しました。
そこで最初に出会った今も親友の栃木県出身の友人。
「日光東照宮の近くから来ました」と言われた瞬間、僕は思いました。
じゃあ、琴平の話をしよう。
こんぴらさんの話を、熱く語りました。
すると彼はこう言ったのです。
「話を聞いて、香川に行きたくなった。」
実際に香川県まで来てくれました。
あの瞬間、地元が好きだということに気付き
地域を語れることは幸せなんだと実感しました。
地元を好きでいられる子を増やし
語れる人(子)を増やすこと。
それが今の活動の原動力です。

小さな観光大使を増やしたい
どうすれば、香川に帰りたいと思える人が増えるだろう。
僕は「種をまこう」と思いました。
そこで生まれた言葉が
「小さな観光大使」
観光大使だと少し重い。
観光人口という言葉は少し冷たい。
でも「小さな観光大使」なら自然だ。
琴平に来てくださった方が、
外でこう言ってくれる。
「琴平っていいところなんだよ。」
それだけで、街の魅力は世界に広がっていく。
僕が外でPRするより、
来てくれた人が語る方が、何倍も強い。

外の人だけではなく、地元の小さな観光大使を
もう一つ、大切にしていることがあります。
それは地域の子どもたち。
香川県は日本一小さい県。
でも、自慢できるものがある。
「香川って何があるの?」
と聞かれたときに、そのひとつとして
「琴平があるよ。こんぴらさん知ってる?」
と自然に話せる小さな観光大使となった子を増やしたい。
その想いで県内の学校を巡っている。


代理参拝という文化
保育園の遠足で、こんぴらさんに登る子どもたちはたくさんいます。
「今日は何のために登るの?」
と聞くと、多くは
「一番上まで行くため!」
でも、こんぴらさんの本当の素敵なところは
代理参拝ができること。
誰かのために登れる。
「今日は家族の代表なんだよ。」
そう伝えると、
「入院してるおじいちゃんの代わりに登る!」
と目的が変わる。
江戸時代、多くの人が村や家族を代表してこんぴらさん参りをしました。
誰かの思いを背負って。
この物語を、子どもたちが自然に語れる未来をつくりたい。

双方から広がる街の魅力
外から来てくれたゲストが「小さな観光大使」になる。
地域の子どもたちも「小さな観光大使」になる。
その両輪が回ることで、
「どこから来たの?」
「香川県琴平町です。」
「こんぴらさんのある町でしょ?」
そんな会話が当たり前になる未来を描いています。
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できる限り顔を見て伝えたい
基本的に、対面を大切にしています。
理由はシンプルで
お客さんの顔が見たいから。
目の前の人が笑顔になり、
「また来ます。」
「家族を連れてきます。」
その言葉を直接聞ける瞬間が、何より幸せです。

3年目の今
五人百姓 池商店 28代目となった時より
この活動を始めて3年。
最初は「香川に来たことがない人」を対象に、旅行会社さんと全国を回りました。
今年も春が来ます。
こんぴら歌舞伎の季節です。
期間中はほぼ毎日、
「人に伝えたくなる琴平学 こんぴら歌舞伎スペシャル」を開催予定です。
歌舞伎をこの街で観る意味。
その背景にある歴史。
それを知っていただくことで、
「一生に一度」ではなく
「人生に何度でも訪れたくなる町へ」
そのきっかけをつくりたい。

4歳の決意から始まった物語。
いま僕は、家業を継ぎ、新たな仕事として
語り部として小さな観光大使を増やしています。
小さな観光大使が新たな小さな観光大使をうみ
この町を語れる人が、世界中に増えていき
地元の子どもたちが大人になった時に
「琴平から来ました」
と話す時
「あの素敵な街でしょ?」
と返してくれるような
そんな未来になるように伝え続けていこうと思います🎙️
