コラム

#11 DESIGN IS LIFE

2026年10月2日。お世話になったDNAの柳沢さんのお別れ会に行ってきた。

柳沢さんと出会ったのは2020年頃。新型コロナウイルスで街が大ピンチとなり、参道に人が1人もいなくなった時、家業を継ぐことを決意した。その中で、新しいものと古いもののいいところを融合しながら表現してくれる方を探していた。

DNAさんの事務所にて打ち合わせ風景
DNAさんの事務所にて打ち合わせ風景

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そうしてたどり着いたのがDNAさんだ。その代表であられる柳沢さんと出会い、そして全身全霊で作られている「umie」を見に行った。その空間を見た瞬間に、私はこの人に頼んだら絶対間違いないと心から思った。お別れ会の会場も「umie」。柳沢さんの心と希望がすべて表れているような場所だ。

umie

私は家業を継ぐつもりではいたものの、少し悩んでもいた。前のお店のままでは歴史ある飴屋さんということだけは絶対に伝わらないし、心から誇ることができないと思っていたからだ。瀬戸大橋が架かり、たくさんの方が来た時代の次の時代に、私たちは生まれた。人は減っていて、同世代も自分の親たちから「外に出て働きなさい」と言われ、後継ぎは全然帰ってこない現状にあった。家業一本勝負で生きていけるのか。

コロナ禍以前の改装前の五人百姓池商店

けれども柳沢さんは歴史を汲み取り、空間で表現してくれた。作っていただいた空間を、私は心から誇ることができている。観光客ゼロ人の中、五人百姓 池商店28代目となる背中を押してくれた大きな立役者の1人が、間違いなく柳沢さんだ。

コロナ禍の改装で進化した五人百姓池商店

それから2段階目の改装で、イートインスペース「茶堂」を作っていただいた。もしかしたら柳沢さんの空間デザインとしては、ほぼ最後の仕事なのかもしれないと思っている。柳沢さんが手がけてくれたもの、背中を押してくれたものは、きっと日本中に溢れている。私自身もその1人だ。

五人百姓 池商店内 イートインスペース 茶堂

DNAとは「ドリーム・ネットワーク・アクティビティ」のことだが、その略称がDNA(遺伝子)ということは、本当にその通りだなと思っている。柳沢さんは亡くなられたけれども、そのDNAはこれからもデザインの中で生き続ける。「デザイン・イズ・ライフ」。それを体現している方だと言えるだろう。

あれから家業を継いで動き続けて、出会う人出会う人に「僕も柳沢さんのお世話になったんです」という方が本当にたくさんいらっしゃる。それだけで一気にその方との距離が近くなり、柳沢さんたち、DNAさんたちの偉大さを知る。

最後にお会いした日のことは、昨日のように覚えている。

病気で体が思うように動かなくなった時に「ワクワクするところに行きたい」ということでご連絡をいただき、こんぴらさんに行きたい、そして階段の下まで来たと。

「降りていきます」と降りていき、中野屋さんの琴平テラスの前で記念に撮った写真1枚が、最後の写真だ。

これから時代が流れていき、作っていただいたものを変化させないといけない時も来るだろう。けれども、必ず柳沢さんに手がけていただいたデザインを背負い、受け継ぎ、活かし、また次世代へバトンを渡していけるよう、これからも全力で走りたいと思う。

素敵な会に呼んでいただき、本当に感謝しています。

五人百姓 池商店 28代目
池龍太郎

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